10 月 22

昨夜のこと。
携帯のアドレス帳を整理してるときに、間違って娘の所へ発信してしまった。
慌てて中止のためにボタン押しまくったら、電源が切れてしまった。

「あ~あ・・・」

また編集やり直し、とか思いながら電源を入れると「着信2件!」
直後に娘から電話が・・・。

「ごめん。間違えて発信しちゃったんだ・・・。」

彼女は、??と思いながら(特に用事がないので)折り返してくれたんだけど、たぶん2回とも「電波が届かない所か、電源が・・・」という事になったんで、慌てたんでしょね。

「も~~う、何事かって心配しちゃったじゃない!」

はい、怒られました。(^^;;
当然ですな。

これは次回会った時に、何か奢らないかんでしょね。
無用の心配かけちまった。

反省!

9 月 30

引っ越し先を決めた娘。
気にしてた仕事の事を聞いてみると、チャンと続けるという。

今度の家からだと高速を使っての通勤になるなぁ。
それで平日は買物の時間もなくなるし、一週間分の食料を買いだめする生活になる。

「だからおっきな冷蔵庫買いたいから、見に行く時つきあってくれる?」

はいはい。
でも前もって話すと、経済的な余裕はあまりないから、ある程度の大きさで我慢するという。

僕としては、経済的な支援はあまりしたくないし、あの娘もそういうのは好きではない。
それは十分承知してる。
でも、お祝なら話は別だろう。
足りない分だけでも出すよ。

そう切り出すと、一瞬声を詰まらせたあとに

「そんなこと、一度もしてもらったことないから・・・。」

珍しくグズグズ言ってる。(^^)

でも実際に店にいった時、僕はこれがに二度とないチャンスだって気づいた。
僕に血のつながった子供はいない。

だから、これまでは二人の姪にお祝はしてるけど、自分の娘にってことは一生縁のないもののハズだった。だけど自分の娘と公言して憚らない、この娘のためにプレゼントできたなら、僕にとって決して叶わないハズだった夢の一つが叶うことになる。
そう思ったら止まらない。(^^;;

結局全額支払ってた。

かえって彼氏には余計な気を使わせちゃったかも知れないけど、僕にはとても嬉しい出来事だった。
この娘に出会えたのは、きっと神様に計らっていただいたことなんだろうし、とにかく感謝したい気持でいっぱい。

あとは、この娘が本当に幸せになってくれて、元気に過ごして行ってくれれば、それ以上言う事は何もない。

9 月 22

久し振りに娘からメール。
少々愚痴っぽい・・・(苦笑)。

この娘が、こういう感じの時は例外なく身の上に問題が持ち上がった時。
頼る身内のいない彼女は、申し訳ないという気持ちからか素直に問題をぶつけてくることは少ない。ずいぶん遠まわしに出てくる。

これは、こちらが察してあげないといけないのだ。

どうやら、彼氏と結婚前提に同居を始めたいらしいのだが、身内のいない彼女の場合、借家の保証人になれる人がいないのだ。彼も事情があっていないらしい。
今のワンルームのアパートはそれでも伯母さんに保証人を頼んだらしいが、すっかり疎遠になりギクシャクしてる事は知ってる。

本来は賃貸契約の場合、3親等以内の保証人が必要なのだ。が、今の僕では親族以外の保証人にしかなれない。
それでも、
「そういう条件の物件を探してみるから、その時はお願いしていい・・・?」
それは勿論構わないのだ。

「いつも力になってくれてありがとう。」
そんな他人行儀のお礼などいらないのだが、これは性格的なのか、必ず彼女は感謝の言葉を口にする。
広い意味で言って、そういう所は今後彼女自身の助けになるだろうと思ってる。

世の中には自分がいくら頑張ってもどうにもならない事も多いのだが、一方でホンの少し手を差し伸べてもらえれば、大きく飛躍する可能性のある人も数多いる。
そのタイミングで手を差し伸べられる事無く、残念な結果になっている人たちもまた数多いる。

僕は大してできる事はないけど、娘が一生懸命前を向いて歩こうとしている時に、自分に責任のない理由でそれが咎められるのは理不尽だと思う。だから彼女のためにできる事をしてあげたい。それを約束した。

幸い彼女は、僕に対して父親同然という感情は少しは残してくれてたようで、とても嬉しい。
「僕にとっては大事な一人娘だからね・・・。」
「ホントありがとう。実際の親には何もしてもらってないけど、それ以上にお父さんだよね。」

こういう時はしおらしい。(笑)

それでも「彼氏にも話してあるから、会ってみて欲しい」と言われたのには少し驚いた。
嬉しい驚きだった。

僕は「家族」というものに対して少し思い入れが強いと自覚してる。
だから、余り彼女と近くにいようとすると、重石になってしまわないかと危惧してたけど、あの娘はそれも見抜いてた・・・。あれまぁ・・・一本取られた。

もう大人の一人前の女性であるから、彼女が決めた事にとやかく言うつもりもない。
今のように、これからも前を向いて行って欲しいだけだ。
そう言いつつも心の中では、自分にとってあの娘は今でも赤いランドセルをしょってるくらいという感覚もあって、少々複雑な想いだ。

「今週中に一回一緒にご飯食べよう。」

そう言ってくれた。
話したいことがあるんだろうなぁ。
喜んで聞かせてもらうことにしよう。

9 月 14

本日は十五夜。
幸いにして好天に恵まれ、仲秋の名月を目にすることができた。

つい、この前までは寝苦しくて困ってたけど、気がつけば朝晩は随分と涼しくなったものだ。先週末の仕事が終わって車に乗り込む時には、赤トンボが随分と飛んでいた。

季節の移り変わりは早いものだなぁ・・・と実感してる。

8 月 30

2000年の豪雨によう被害時と同じくらいの集中豪雨らしい。
前日、NHKの「クローズアップ現代」で『ゲリラ豪雨』の特集をやってたばかりだが、まさか直後に地元が、そんな状態になるとは思ってもみなかった。
当時の気圧配置と同じで、あの時は台風だったけど、今回は同じ位置に低気圧がある。

近くの岡崎市では市内全域に避難勧告が出ていたけど、夜半の豪雨で周囲が真っ暗な時の避難勧告も・・・なんとかならんのかな?
幸田では川が氾濫したようだ。
娘は幸田に住んでいる。
驚いて電話したが大丈夫なようだ。ただ停電はなんどもしたらしい。

西岡崎あたりは水没してるので被害も大きいようだ。
自然の猛威に文句はつけられないなぁ。
自分の身は自分で守らねば・・・。

8 月 8

今日でお盆前の仕事は終わり。
9日間の連休に入る。

いま世話になってる実家では、姉は盆休みはない。
甥も今年は帰って来ないという。

仕事で職場に行ってる時は良いが、それが無くなってしまうと、恐らく外の世界との繋がりは途切れ、孤独な休みになるのだろうな・・・。

それは、仕事をリタイアしたあとの自分の姿とも繋がる。
そうだな、この盆休みは、まさに老後の自分の姿の縮図と言えるかもしれない。

でも、自分でなんとかしなければならない。
引きこもっていては、孤独感は増すばかりだろう。
自分から、外への扉を開けなければいけないと思う。

それが、できるかどうか、はまた別の話だが・・・。

7 月 27

およそ2か月振りに娘からメールが入った。
アルバイト帰りの電車待ちの間に送ってくれたようだ。
ただ1通のメールで満足してしまう、ダメおやじだなぁ(笑)

娘は今も一所懸命生きてるようで、とても嬉しいね。
1年前は夏バテしてたけど、今年は大丈夫かなぁ…。
と、心配すると「一応、大人だから」と反発くらう。
まぁ、そんなもんでしょうね。おやじなんて。

こっちは娘同然のつもりだけど、あちらは今でも父親同然と思ってくれているかは微妙。
まぁ元気にやってくれているなら、それでいい。
車も買って2か月になるけど、もう慣れただろうか。
「バイトにも車で行けると楽だし」とか言ってたけど、まだ電車で通ってるみたいだな。
無理することもない。
車で行く気になったら、そうすれば良いんだから。
また、お盆前には連絡を入れてみるかな。

7 月 21

14年ぶりに刈谷に帰って来たので、今まで寄れていなかった依佐美の鉄塔記念館に足を向けた。
建物の中には、懐かしいあのアーチ型の入り口が印象的だった送信所内部にあった設備が展示され、外には2号塔が高さのみ1/10の25メートルになった、2号塔のレプリカが立っている。
その場所は、2号塔が建っていた、まさにその場所なのだそうだ。
すぐ隣に、最上部部分と思われるレプリカがあり、そこに航空用照明が乗っかっている。

記念館内部で関係者の方に伺ったら、鉄塔解体時に付近の住民の方たちがいくつも持ち帰ってしまったようである。
解体時には2つの異なった方法でスタートしたのだが、片方が事故で倒れてしまった。
たしか大きな事故だったと記憶しているが、それももう、遠い記憶の彼方である。

かつて鉄塔が建っていた場所には2本ずつの木が植えてあるそうで、その間隔は当然鉄塔の間隔と同じで450メートルらしい。

7 月 14

新しい環境での生活を始めている。
自分一人で老後を過ごして行くのは、きっととても寂しくて辛いものだろうと思う。
それでも、自分はそちらを選んだ。

自分で決めた道なのだから、前を向いて歩いていこう。
辛いこと、悲しいことはたくさんあるけれど、全部胸の中に仕舞い込んで、とにかく前を見て歩こう。

5 月 26

家族の定義って何かなぁ…?

家族は居住を共にすることにより、ひとつのまとまりを形成した親族集団のこと。
また、「産み、産まれる」かかわりの中から生じた親と子という絆、また、それら
によって繫がっている血縁集団を基礎とした小規模な共同体が家族と呼ばれる。

らしい…。

わざわざ、こんな事を書くのは少し憚られるけれど、最近になって家族に対する考えが変わるような事件が起きたから…。

結婚して24年目になるが、子供には恵まれなかったなぁ・・・。
自分は父親を嫌悪しており、一時「あの男の血が継がれると思うと、結婚などする気になれない」と真剣に思ってた時期がある。たぶん自業自得ってやつなんだろうな・・・。

結婚してすぐに子供はできたけど、生まれてくる事はなかった。
すぐに嫁から「子供を生むのはイヤだ。」と言われた。

ショックだった。
その時は、普通に家族が欲しいと思ってたんだ・・・勝手なものだね。つらい思いをしたのは嫁なのに。
だから、その言葉は黙って受け入れた。
世の中、子供に恵まれない夫婦なんてゴマンといるんだし・・・。

だから、少なくとも嫁は最初で最後の僕の家族と思ってた。

でもねぇ、なんか人格を否定するような事を言われちゃうとね。
ずっと堪えてきたものって何ナノかな・・・と思うよね。

嫁にとって僕はただ、会社にいってお金を稼いできて、あとは自分の言うことを聞いてりゃ良い・・・。
そんな存在なのかなぁ・・・。
世の中の亭主って、みんなそんなもんなのか?

家族の絆って、少なくともあると思ってたのは僕の思い過ごしなのか・・・。

 

僕は普通に家族が欲しかったんだな。
それは、そんなに高望みなのか?
自分には望んじゃ「いけないことだったのかな・・・、さびしいなぁ。

この年になって、これはこたえるよ。
もう家族はいないんだな、そう思うとね。 

 

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